おひさまのかたち

日々つれづれ。剣道・読み語りなど

>> EDIT

『私の話②』

201.jpg
『私の話②』、完結しました。
殆ど毛虫と幼虫ばっかりですので、大丈夫な方だけどうぞ。
最初から

 なんか、もうちょっと読み易いように
他に描き様があったんじゃないかとか、
自分の言いたいことが言いたいように描けているかとか、
言葉について、しつこい位に書き直したりしました。
たった16ページを2ヶ月もかけてコレか、という気もしないではないんですが、
読者層がどうの、とか1ページに対するコマ配置と個数がどうの、とか
どこの雑誌に向けて、とか(デキモシナイノニ)
無駄なこと考えないで描けたのは楽しかったですよ。

『私の話③』もイメージはあったんだけど、うまく固まらないので
ここまでで一区切りということで。

| 創作漫画 | 09:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

新調する眼鏡

 子どもたちの昇段審査の応援に行って、
(お陰さまで、学校行事の延期で受けられなかった一人を除いて全員合格でした)
眼鏡のレンズが経年劣化で傷だらけになっているのに気がつきました。
こういうの、一度気になってしまうとそのままにしておくのは中々つらいのですよね。
結局、新しい眼鏡を新調しました。
以前と比べて、随分安くなったとはいえ、ド近眼には懐は中々手痛い。
人間の脳は視覚からの情報伝達は70%を超えるそうですから、背に腹は代えられませんがな。
とはいえ、度数は同じで、レンズの傷がない新しいものになっただけなのに快適この上ないですな。


 始めて読んだドナルド・キーン。
凄いなあ、外国の言葉をこれだけ理解して愛してくれるのは、有難いなあ。
独歩さんとその周りの自然主義の所を読みたくて借りてきたのだけれど、結局全部読んでしまった。
それぞれの作品に愛を持って褒めている所がいい。
日本人の批評家に難しい所のように思う。

私が以前、徳田秋声の『新世帯』を読んだのだが、
地味だし、鬱々としているし、主人公にもその奥さんにも一向共感できなくて
ちっとも面白くなかったのだけれど、
キーンさんの評論は「そういう褒め方もあるのか!」という良さの見出し方が上手くて、
感心しましたよ。

 とはいえ、文豪の妻として悪妻と名高い(近年見直され再評価されておりますが)
物書きでない漱石の妻に関しては、
欝でヒステリーが強く、漱石の手に余った、という書かれ方をされていたのですが、
漱石の神経耗弱振りを見ると仕方ないよ、というか、奥さんよくやったよ、などと思いましたぞナ。
漱石がひどい音痴だったのは有名な話ですが、
神経症の人は音に過敏で無駄に疲れ易いので、
客観的に音を拾えないのはそういうところもあったのかな、と思ったりなんだり。

 白樺派の終焉までの主な作家と作品を伝記のように書いていて、
そのそれぞれに面白かった感想があるのだけれど、
そのいちいちを書いていても退屈でしょうから、まあ、端折ります。
これは「近代・現代篇二」なのだけれど、芥川や「赤い鳥」「明星」辺りが出てきていないので、
次の巻位は読んでみるのもいいなあ…。
…などと思ってみたら、九巻まであるのね、コレ。
…ま、ちょっと他のも読みつつ、ね。

集英社
発売日 : 2013-06-05

で、今読んでいるのがコレ、『銀鉄』モノ。
高橋源一郎さんはこの所水が合うのか、読み始めて数行でぐいぐい引きずり込まれる感じで楽しい。
これ、563頁もあるので少々強敵ですが。

 坐る方は、また呼吸数100で20分超える位に戻ってきました。
でも全然集中していない。眠かったり無駄が省けなかったり。
それでもまあ、やらないよりマシ、と思って続けるようにしていますがね、質はひどく低い。
何の差でしょうな。

ちまちま毛虫描いていますよ。
始めた限りは、終わらせてやらんとイカンからね。
r852.jpg

 

| 読書録 | 19:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

中秋の名月

 昨日は朝の5時から息子とまた食事の件で喧嘩して、
挨拶もしないで送り出し(そして後で凄く凹む)、
腹立ちと気落ちが収まらないので少し坐ろう、
としたら呼吸50に届くかどうかで
「ご家庭の絆を強くする有難いご本の紹介を」
なんて勧誘に中断されてバランスを崩し、
なんかもう涙が止まらなくなる、なんて朝でありました。
仕事帰ってきて、坐禅の先生とFBで好きな漫画の話したり、
前から約束していたスウさんとご飯食べに行ったりして、
まあ、世の中悪いことばっかりじゃないな、と
ちょっと気持ちを持ち直したりした中秋の名月でありましたよ。

最近独歩さんの批評も載っている、というので読み始めたドナルド・キーンは面白いし。
中央公論新社
発売日 : 2011-09-22

よいですな、ドナルド・キーン。愛に満ちている。
今、島崎藤村に入った所。
中也が小林秀雄に「藤村てのはやな奴だ」なんて
書き送った葉書が最近になって発見されたという矢先の藤村。

 「自然主義派」ってなんじゃそら、と思っていたんですが、
生活そのまま、自然に歩く感じで人の生きる様が描かれる所が
肩に力が入らなくていいねえ。
いいことも悪いことも、日記を読み込んでいくような生活観が今の私にはとてもいいねえ。


 この所呼吸が浅いのか、100で20分届かなくなってきた。
坐禅始めた初期の頃とあんまり変わりませんな。
まあ、素振りと同じで日やその時期によってムラがあるのは人間仕方ないですがな。
ちょっと気が散って止まっている毛虫描きを再開しませうか。
img_0 (1)

仙崖さんの「指月布袋画賛(しげつほていがさん)」

| 近況。 | 10:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

神無月

えっ!? ・・・・・・10月?
…なんか今年はほんとにあぶくのように月日が消えていくなあ。

 息子が事故に遭って、退院して、「生活、なんか変わりました?」って聞かれた時に、
「いや、取り立てては何にも」って答えた気がするんだけど、

全然違うよ!

何だもう、生活一変しちゃってるよ。
何故それに気が付かなかったんだ、私。 
もうどっか麻痺してたんだな。と最近になって気が付いてきたんですが、
どう戻していいのか戻せるんだか、ちょっとよく分かりません。
何で5時に起きて間に合わないんだ。

 昨日、久しぶりに道場に行って、子どもたちと素振りして来ました。
ほぼ5ヶ月ぶり。
半分、息子の監視ね。
みんなで素振りして、月末土曜だったから着装練習やって、
5ヶ月ぶりに新人指導30分位やっただけなんだけど、ちょっと楽しかった。
可愛いな、子ども!

今新人指導お願いしている先生が「座学の方は出来なくて…」っておっしゃるので、
五戒のいっこ目と、静坐をちょっとやる。
「呼吸の数をゆっくり数えましょう。長く、ゆっくりね」
って言うんだけど、どうあっても「数が多い方が良いに違いない」と思うらしくて、
「止め」の後で回数を聞くんだけど、「34回!」「60回!」とか、
必ず、後で答える子の方が数が多くなる。
一番年かさの子が流石に「あれ?」と思ったらしくて、
「先生は何回だった?」と訊いて来た。
「私は、3回」
「さんかい!?」
可愛いな、ちくしょう。

9月の読書
読んだ本の数:5
読んだページ数:1118

東京の三十年 (岩波文庫)東京の三十年 (岩波文庫)
読み終わってしまった。生活がにじみ出ていて、激変の明治の様子がまざまざ分かる。先に死んだ独歩や眉山の話が何度も出てきて、生き残った者の悲哀というか、楽しかった時代の愛惜の念が感じられてしんみり楽しかった。
読了日:09月09日 著者:田山 花袋


故郷七十年 (講談社学術文庫)故郷七十年 (講談社学術文庫)
駄目だ、後半斜め読み。
柳田が勧めて書かせたという花袋の『東京の三十年』は有名になった作家の悩みや失敗や逡巡が見えて面白かったが、こちらはもう過ぎたことを振り返っているだけで、老翁の感情が枯れて書かれているので入り込みにくい。自分でも言っているが、交遊録などは自分も含め、「この有名人は知っていて当たり前」を前提に書かれているので、明治・大正に詳しくないと難しい。
彼の専門分野・土着の妖怪や文化史についての研究裏話はまだ読めた。
読了日:09月26日 著者:柳田 國男

つまんない つまんない (MOEのえほん)つまんない つまんない (MOEのえほん)
もう一歩、「つまんない」をぶち破る一手が欲しかった1冊。
読了日:09月28日 著者:ヨシタケ シンスケ


ねぇ、しってる?ねぇ、しってる?
お話は、よくある「お兄ちゃん寂しい」がテーマの本なのだけれど、絵がいい。実にいい。通常の見開き展開だけでなく、漫画のようにコマ送りでキャラクターが動いてゆく。ぬいぐるみのそら君との会話の場面はじんわりしてしまった。
読了日:09月28日著者:かさい しんぺい


大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)
面白かった。文学が繰り返し煉瓦の様に積み重ねられて進化して行く具合を仰ぎ見るようだった。上の方に行くほど(新しくなるほど)理解できないブロックもあったが、言葉の変化ってこんな風に見たことないから楽しかった。
読了日:09月30日 著者:高橋 源一郎

| 読書録 | 13:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

七味を買う

 七味を買いました。
ゆずが入っている奴。
香りが凄くいい。

 今の我が家の家計を考えると、
一袋600円もする七味はとても贅沢だ。
スーパーで買えば普通の七味は88円で買える。

 親戚が息子の退院祝いをしてくれるんで出かけた先で、
屋台の、若い頃はスポーツマンだった風のおじさんが調合してくれた。
色とりどりの粉末を取り合わせ、
ボウルに入れて攪拌して、私たちの鼻の前に出して
「こんな香りになります、よろしいですか?」
と詰める前にその香りを目の前にふわっと泳がせてくれた。
元より、「そんなのじゃ困ります、もっとこうして」
なんて注文をつけたりするような気は全くないのだけれど、
その行動一つで私たちは満足して600円を払って
ゆず入りの七味を受け取った。


 この所明治文学(主に独歩さん祭)読んでいてとみに思うのは、
明治の頃と現在は社会が非常によく似ていることだ。
『窮死』とか『号外』とか、今っぽくてぎょっとする。
10年前に出たこの本

で、高橋源一郎さんが石川啄木が明治43年に書いた『時代閉塞の現状』という評論と
2007年に書かれた赤木智弘の『若者を見殺しにする国――私を戦争に向かわせるものは何か』
との酷似を指摘していて、なんだか頷いてしまった。

 啄木曰く
「時代閉塞の現状は唯にそれらここの問題に止まらないのである。
今日我々の父兄は、大体において一般学生の気風が着実になったと喜んでいる。
しかもその着実とは単に今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口の心配を
しなければならなくなったということではないか。
~しかも彼らはまだまだ幸福な方である。
~その教育を受ける権利を中途半端で奪われてしまうではないか。
中途半端の教育はその人の一生を中途半端にする。
~かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出する為に、
ついにその『敵』の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。~」

 アーレントの言っていた「全体主義」の発生原理そのものだ。
ここで見誤ってはならないのは、「敵」は
貧乏人でも、
政治家でも、
マスコミでも、
重度障害者でも、
政治難民でも、
移民でも、
特定の民族でも、
ある宗教信望者でも、
ニートでも、
住所を持たない人でも、
爆弾を打ち込んでくる人でもない。
むしろ、そうした人たちを「敵だ」と決め付けて攻撃してかかる人たちのことだ。

 七味屋さんが、日にどれだけ稼いでいるのか知らない。
あの一坪ほどの店先で、毎日お客が行列する訳でもないだろう。
でもそれ以降、我が家はうどんを食べるのがちょっと楽しみになった。
これがなくなったら、またいつかあそこへ行ったら、
今度は違う調合の七味を買ってもいいね、
なんて話をする度に、ちょっと楽しい気分になるのだ。

 「敵」と戦う一番い方法は、「敵」を作らないことだ。
「敵」を回避するのは、自分の中に恐怖や、おびえや、疑いや、惑いを作らないことだ。
それには、きちんと誰かを、何かを褒めること、
誰かが幸せになることを見据えて、自分の仕事をすることだ。

…それで生活できる程度に稼ぐ仕事に就ければ、いいね。

| 近況。 | 18:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

『私の話①』


 さて早速嫌がられております、毛虫漫画。

『私の話①』

 こんな感じの毛虫を一杯描いておりまする。
面白がれる人だけ読んでね。
珍しく拍手機能なんか最終頁に付けちゃいましたので、
ま、ほんとに気が向きましたらどうぞ。

| 未分類 | 22:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

花ざかり

 歯の詰め物が取れたり、ぎっくり腰やったり、
色々一斉に身体に出始めたんだが、身体の愚痴を言いたい訳ではない。
気負わないように、と思っても身体に出ちまうものなんだな、と自覚しておくのは必要だってことだろう。
それと、周りに迷惑かけないで済む対処の仕方を学べ、って事か。
もうちっと乗り越えられる気力的体力が欲しい所だが、
自分のスケールを広げるというのは自力でどうにもならんこともあるからな。

 少し前から、100分de名著で、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』(みすず書房)をやっていて、
ごく最近の世界情勢と非常に近い気がしてぞっとする。
曰く、世界が不景気で社会的生活が困難になると、
人は原因を何かに求めたくなる傾向がある、ということだ。
私から見ると、大人の生活に余る子どもたちの性質に
病名を付けないと落ち着かなかったり、
社会制度の欠陥だとして攻撃したくなったり、
自分と違う性質のものが、悪質の要因だとして排除するのと同じことだ。

 私は学生時代に明治を殆ど学んだ覚えがないのだが、
その後ヲタク的趣味でこの辺りを色々学んでよかったな、と時折思う。
「昔から」と言われている事はあんまり「昔から」じゃないことが多かったり、
「昔の技術だからね」と今より遅れているように言われることは、
案外今よりずっと凄くて進んでいたりするのだ。
それは自分だけ、なんかじゃない、みんなにある。
みんなそう、ではない、自分にしかないものだ。

 ・・・イカン、体力切れだ、今日はここまで。


 結局、新しく巣食っていた毛虫の大群は一通り土に埋めましたよ。
毛虫の1齢幼虫は、糸くずのように小さいのに呼吸していて自分でメシ喰って、偉いなあ。
毛虫漫画、一応一区切り付いたんだが、
続きの頁をもう少し進めてからUPしようかな、どうしようかな。

| 近況。 | 10:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

>> EDIT

つれづれ。

r848.jpg
 こつこつ描いている毛虫。
本当はもっと白くてふわふわして、エグイ可愛いんだが、私の描き方ではそうならないな。
なんかまた柿の木に集団で取り付いているらしく、枝が膜を張り始めたのだが姿が見えず。
台風通過まで放置の予定。

 独歩さん祭が終わったら多喜二祭でも、と思っていたのだけれど、
独歩さんの交友関係が広かったので、
中々その周辺がまだあちこちあって読み終わりませぬ。
今読んでいるのは柳田國男。
著者 : 柳田國男
講談社
発売日 : 2016-11-11

花袋の方がエッセイは臨場感とか感情の駄々流れ具合がいいな、
と思っていたのですが、テンポに馴れてきたのか、
柳田が饒舌になってきて調子が出てきたからなのか、まあまあ読みやすくなってきましたよ。

 ゲーム・文豪とアルケミストの新キャラで、坪内逍遥が降臨しましたよ。
『小説真髄』ですよ!
本屋にあった岩波の『小説真髄』をめくってみたんですが、
日本文学の近代化に一等最初に尽力した人ですが、
江戸文化バリバリがかった文体で、読みこなすのは中々手強そう。
そっと本棚に戻してみましたよ。
逍遥の紹介文の所に二葉亭四迷の名前もあって、
独歩さんが好きで憧れた人なので、おお嬉しや!と思いましたが、
こちらの『あひびき』も、そっと本棚に戻す私。
いずれ四迷も降臨するといいな。

 少し前から正宗白鳥がラインナップに上がっているのですが、
うちの図書館にはまだ降臨されず。
正宗白鳥は、竹西寛子さんの『管弦祭』(講談社文芸文庫)で、
お友達の和子ちゃんが、主人公のお兄さん会いたさにわざわざ読みもしない正宗白鳥の本を
借りに来る、という下りがあって、・・・と思ったのだけれど、今見つからなかった。
『儀式』(中公文庫)の方だったかも知れない。
さておき、それで気になって正宗白鳥を読んだ覚えはあるのだけれど、どんな話だったか思い出せない。
まあ、この所読んでる独歩さんや花袋と友人関係だったそうで、
また読んでみるのも悪くないな、と。

 明日は久しぶりに1日審判ですよ。

| 近況。 | 23:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT >>