おひさまのかたち

日々つれづれ。剣道・読み語りなど

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夏の読書会

 八月になりましたなあ。

 恒例の夏の図書室やってきました。
この学校が出来てから毎年、夏休みのプール帰りの子ども達の生活に、
本を結び付けたくて、いつもの読み会で読み聞かせをやっておりまする。
夏休み中の図書室は、家に居たってうるさいから外でも行って来なさい、でも外は暑いし。
という子ども達のたまり場になっています。
だから通常の朝の読み聞かせより、よりお行儀がよろしくないのです。
こっちも事情がある程度分かっているから強く言うのも可哀想に思えてしまうし。
毎年、非常に騒がしい中でやって来たのを、今年は冷房の効く空き教室に変更してやってみました。
待ち時間に、暇潰しの本があるわけでないし、「本と繋げる」ことになるのかどうか、
とか色々みんなで葛藤があったのですが、まあやってみよう、と。
そしたら凄い大盛況。
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(ゴメン、本が傾いているのは演出じゃなくてただのヘタクソです。)
図書室の座敷では10人聴いてくれればいい、といった感じだったのが、30脚用意した椅子が足らない始末。
他の本を読んでいる子ども達に気を散らされない為か、
いつもよりずっと集中して聞いている感じでした。
都合により、うちの班は一番人数が多くて、
しかもがっつり読む系の読み士が集まってしまったのでほぼ1時間近い大長編になってしまったのですが、
それでも終わり近くでなおまだこの集中力。

そうか、子ども達だってちゃんと聞きたかったのか。
欲されているものを、ちゃんと見極めないと駄目なんだな、と思った次第でした。
あと、お土産大事。
今回、マグネット栞をお土産につけたんですが、それが目当てで来る子もたくさんいたようで、
なんか形に残る実感って大事なんだな、と思いましたさ。

 今、通常の読みでは参加されなくて、この夏の会だけ協力してくれるベテランさんがいるんだけれども、
彼女は今小学校の司書をやっていて、公立学校の小中一貫教育化と、その交流の為に、
中学生が小学生に読み聞かせに来たり、小学生と中学校の図書室とを繋げる取り組みを頑張っているそうで、
そういう話も面白かったですよ。 

 本なんてさあ、読んだって読まなくったって腹が膨れるわけでもないし、
明日に結果が出る訳でもないし。
頭の上で星が廻ろうが回るまいが、
100年前に死んだ哲学者の言葉なんて知らなくったって、
世界の片隅の天井に何の絵が描いてあろうが、
人間生きて生けない訳じゃない。
でもその無駄が、生きづらくなったその時に、どれだけ薬になるか知れんのだ。
いつかどこかの隣の人と手を繋ぐ為に、見えない懐を膨らます作業をしているのだ。

8/3拍手お返事

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| 読み聞かせ | 22:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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自分を感情に入れず

 読み聞かせの話。

 以前、コミティアXで読みをやった時は、
立て続けに読むと言うことがこんなに体力を消耗するとは思わず、
そしてまたああいった天井の高い騒然とした会場では音と言うものがどれほど吸収されていくのかがよく分かって、
肉声に拘ることが良い訳ではないとか、いい出来ではちっともなかったけれども、
漫画をきっかけに声を掛けて貰う事はなかったのだけれども、
読みをきっかけに声を掛けて下さる方がおられて楽しかったのでした。

 その頃の読みは、感情を抑えて読む、という読み方をしていました。
絵本の読みをしていると、感情は聞いている方が想像するので、
自分の感情はできる限り入れない方がいいと言われます。
それで淡々と読むのがいいのです。

 ここ暫し、紙芝居を読んでおりますと、紙芝居は逆に「芝居」なんですからできる限り
感情を入れて大げさな位の違いをつけて読むのがいいのです。

 夏の読み会でうちの班は「三匹のこぶた祭り」をしよう、ということになりましてね。
仲間に聞いて貰ったんだけれど、ある程度感情が入っている方が聞き易い、と言われましてね。
私もその方が読み易く乗りやすかった。

 賢治ビンゴを作ったりしたのでね、賢治作品の朗読を聴いたりしておりました。
アナウンサーの読み方とか、声優の読み方とか、役者の読み方とか色々あるんだけれども、
感情が一杯に入った、でもぎりぎりまで感情を殺した、役者さんの朗読が一番私には聞きやすかった。

 元々好きな詩なんですが、長岡輝子さんの「稲作挿話」の朗読は、涙が出てきて仕方なかった。
(7分頃から)
声ってのは凄いな。人間の身体なんだ。

 打とうとし過ぎる、念慮が動いている、三昧に、と言われる。
「自分ヲ感情二入レズニ」
きっとそれはここにあるのと同じことだ。つながれ、繋がれ。

 これ、大変面白かった。
ラジオドラマ「帰ってきたジョバンニ」

| 読み聞かせ | 23:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ある」ことと「ない」こと。

 今日の読み聞かせは4年生でした。

 今月の頭に、5年生の読み聞かせでヒロシマの話、
紙芝居『へいわのちかい―原爆の子より』を読みました。
うちの読みの会は、通常、朝の始業前の15分を使っています。
読みの講習会に行くと、大概「朝は明るい話で締める」「今日一日の糧になるものを選書する」
と指導を受けます。
私もずっとそう思っていたのだけれど、近年、もっと戦うべきじゃないかと思ってきました。

読みの前のブックトークで、以前朝日歌壇に登場して評判になった歌を黒板に書いて子ども達に質問しました。
 623、8689815、 53 に繫げ我ら今生く
「この数字の意味の分かる人ー!」「日付?」「じかん?」「でんわばんごう?」とかいろいろ出たけど繋がらない。
切って、記号を書いてみたけど、誰ひとり分からない。
 6/23 沖縄戦終結慰霊の日
 8/6 ヒロシマ原爆の日
 8/9 長崎原爆の日
 8/15 終戦記念日
 5/3 憲法記念日

 小学生に、早すぎる、暗すぎる、ただのボランティアに荷が克ち過ぎる、などなど
色々あるんじゃないかなあ、とも思います。
だけどなあ。

 街で、駅前に会った小さなビルが取り壊されて、新しい大きなビルが建った。
そこにあった、小さなパン屋の店の味を、誰が覚えている?

 私が日本で一番美しい日本語を操ると思っている竹西寛子さんという作家の文です。

「確かにものが在る、というのはどういうことなのか。
目で見ることができ、手で触れることができ、肌で感じることができれば、その物は確かに在ると言えるのか。
意識の中にある、ということは見る事も、触れることも出来ないから、不確かでしかないことなのか。
「私は改めて存在の意味を問う。
死ぬるということ、生きるということ、
物が在るということ、、無いということ、それらはほんとうにどういうことなのであろう。
・・・私はあの日を葬らずに生きたい。
・・・さりげなく、自分の歴史を葬ってしまうものは、やがてひきつがれる歴史の、すぐれた主人公にはなりえないと。
『儀式』(中公文庫)

 人は、意味が分からなくても、幼いうちに身体に入れたものは深く考える習性がある。
そんな訳で、今日は読みの前に灰谷健次郎の『太陽の子』(角川文庫)を子ども達に紹介してきました。
6/23だからね。
読みもしないのに紹介だけって、とも思ったのですが、
歳の近い女の子の話。しかも美味しそうな沖縄料理のいっぱい出てくる話、
って言うのをきっかけに誰かの記憶に残ったらいい、と思ったのでした。

 本編では紙芝居『りゅうぐうのおよめさん』(松谷みよ子・童心社)を読む。10分。
「りゅうぐうって何?」っていう子ども達が多くて切なかった。
「海神・竜王が海の中にすむお城だよ。」という解説を入れてから読み始め。
それなりに好評だったようで、およめさんと同じく手をたたく子がいて楽しんだ様子。
・・・実は、先週支援学級でも同じものを読んだのだが、
支援学級の子どもたちは、「りゅうぐうって、りゅうぐう城のこと?浦島太郎に出てくる」
と即答し、その話でしばしば盛り上がったのでした。 

まだまだ戦わねばいかんのです。

| 読み聞かせ | 12:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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読み聞かせ

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 読み聞かせ6年生。今年度初。
紙芝居を2本、
『とりのみじっちゃ』と『つんぶくだるま』(童心社)
 『とりのみじっちゃ』は、屁っこきミュージカルな話。
さすが6年生、くすりとも笑いの出ない教室で、私が冷や汗かいていましたが、
この紙芝居は絵ものびのびしていて良い作品です。5分。

 『つんぶくだるま』は、端書にあるように、
「子ども達の心の中に素朴な宗教心を芽生えさせることが出来る」という目的で作られたためか、
張子のだるまのファンタジーなこと。
私は学校教育に宗教を持ち込むことはいけないと思わないし、(強制はいかんが)
地方によって長い間に達磨信仰が別の形になって来たとしてもそればそれで是であろう、
と思っているんだが、この所禅や菩提達磨の話を聴く事が多かったので、
「ただ拝めばどんな病気も治してくれる達磨さん」の存在はなんだか違和感が残った。
多分、菩提達磨だったら、見返りもなく病を治すのではなく、
壮絶な覚悟と態度と引き換えに、「病を楽しむ」方法を提示したように思うのだ。
それが、「慧可断臂図」な訳で。
 だがまあ、それなりに有名な達磨の産地の子供らが、達磨が実在した坊様で、
その逸話が山とあるよ、ということに気付くきっかけになれば、と思ったのでした。
達磨が川を流れる「つんぶく つんぶく」という音はなかなかステキ。

 しばらく、子どもの闘病と共に読みを離れていた友人が今期から復帰しました。
凄くのびのび楽しそう。
昨日の定例会の代表練習もやったし。

 子供が学校なりその場を離れてもね、他所の子どもを自分の子どもと同じように育てられる大人というのは、
今時なかなか稀有な存在です。
社会の子どもを育てる意識を持っていることに拍手を送りたい。

 剣道も読み聞かせもね、いろんな事情で一度挫折なり引退を余儀なくされて、
その上で復帰して来た人の集中力と伸びやかさは非常に得難い宝のように思います。
金を稼ぐ仕事においても、きっとそうに違いない。
そういう経験が、社会の福として、喜ばれるようになると、素晴らしいですな。

| 読み聞かせ | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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未来に積む砂

 読み聞かせの会の1年お疲れ様会でした。
市のボランティア貢献の賞を頂いたこともあって、総勢16人の参加でした。
とても楽しかった。
その日を最後に会を卒業してしまう友人が二人居て、その最後の読みがありました。
・『ちいさなあなたへ』(アリスン・マギー / 絵・ピーター・レイノルズ / 訳・なかがわ ちひろ・主婦の友社)
・紙芝居『はしれ!車いすの犬はなこ』(坂井 ひろ子・岡本 美子・教育画劇)
なんかもう聴いていてしみじみとしたいい読みで、どちらも泣きそうでね。
同じものを聴いて、全く違う感想を抱いたっていいのです。
同じ時間を誰かと共有することに滋味があるのだと、
こういう経済にならない、砂を積むような活動が、ゆっくり人の心を暖めるのだ、と思いましたよ。

 その後、2次会と称して甘いものを食べに行ったのですが、
それぞれ読みを始めて聴いた時、自分でやった時の話になりまして。
それぞれにいろんな形で「読んでもらう」ことに衝撃を受けていましてね。
私は、初めて見学させて貰った時のあの読みはやはり衝撃的で、
素語りの『わらしべとけしずみとそらまめ』、絵本は『かえるの相撲』でした。
あれを目指して7年、4月で8年目になりますが、追いつかないなあ。

 うちは素語りの会の方にも協力して頂いていて、月1回入って頂いているんですが、
15分のお話を覚えて、暗唱して、身体に馴染ませるまで語り込んでくるって言うのは、
毎度すごい芸だと思って尊敬しておりまする。
「向いていると思うよ」と言って頂いたにも関らず、勇気がなくてやっていなかったんですが、
この所うちの子ども達が剣道作文を原稿用紙4枚分覚えて暗唱するのに、
発声指導する私が何もしないんじゃ申し訳ない、とせめて1本、
短いお話を身体に入れようと思っているのですが、なかなか難しいですよ。

 でもなんだ、みんな資格を持っている訳でもない言ってみれば素人さんで、
みんなそこからのスタートなのですよ。
皆さん忙しいんでしょうけれど、そのきらきらした砂を未来に積む行為に
参加する人が増えればいいな、と思ったのでした。

| 読み聞かせ | 08:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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