おひさまのかたち

日々つれづれ。剣道・読み語りなど

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中秋の名月

 昨日は朝の5時から息子とまた食事の件で喧嘩して、
挨拶もしないで送り出し(そして後で凄く凹む)、
腹立ちと気落ちが収まらないので少し坐ろう、
としたら呼吸50に届くかどうかで
「ご家庭の絆を強くする有難いご本の紹介を」
なんて勧誘に中断されてバランスを崩し、
なんかもう涙が止まらなくなる、なんて朝でありました。
仕事帰ってきて、坐禅の先生とFBで好きな漫画の話したり、
前から約束していたスウさんとご飯食べに行ったりして、
まあ、世の中悪いことばっかりじゃないな、と
ちょっと気持ちを持ち直したりした中秋の名月でありましたよ。

最近独歩さんの批評も載っている、というので読み始めたドナルド・キーンは面白いし。
中央公論新社
発売日 : 2011-09-22

よいですな、ドナルド・キーン。愛に満ちている。
今、島崎藤村に入った所。
中也が小林秀雄に「藤村てのはやな奴だ」なんて
書き送った葉書が最近になって発見されたという矢先の藤村。

 「自然主義派」ってなんじゃそら、と思っていたんですが、
生活そのまま、自然に歩く感じで人の生きる様が描かれる所が
肩に力が入らなくていいねえ。
いいことも悪いことも、日記を読み込んでいくような生活観が今の私にはとてもいいねえ。


 この所呼吸が浅いのか、100で20分届かなくなってきた。
坐禅始めた初期の頃とあんまり変わりませんな。
まあ、素振りと同じで日やその時期によってムラがあるのは人間仕方ないですがな。
ちょっと気が散って止まっている毛虫描きを再開しませうか。
img_0 (1)

仙崖さんの「指月布袋画賛(しげつほていがさん)」

| 近況。 | 10:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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七味を買う

 七味を買いました。
ゆずが入っている奴。
香りが凄くいい。

 今の我が家の家計を考えると、
一袋600円もする七味はとても贅沢だ。
スーパーで買えば普通の七味は88円で買える。

 親戚が息子の退院祝いをしてくれるんで出かけた先で、
屋台の、若い頃はスポーツマンだった風のおじさんが調合してくれた。
色とりどりの粉末を取り合わせ、
ボウルに入れて攪拌して、私たちの鼻の前に出して
「こんな香りになります、よろしいですか?」
と詰める前にその香りを目の前にふわっと泳がせてくれた。
元より、「そんなのじゃ困ります、もっとこうして」
なんて注文をつけたりするような気は全くないのだけれど、
その行動一つで私たちは満足して600円を払って
ゆず入りの七味を受け取った。


 この所明治文学(主に独歩さん祭)読んでいてとみに思うのは、
明治の頃と現在は社会が非常によく似ていることだ。
『窮死』とか『号外』とか、今っぽくてぎょっとする。
10年前に出たこの本

で、高橋源一郎さんが石川啄木が明治43年に書いた『時代閉塞の現状』という評論と
2007年に書かれた赤木智弘の『若者を見殺しにする国――私を戦争に向かわせるものは何か』
との酷似を指摘していて、なんだか頷いてしまった。

 啄木曰く
「時代閉塞の現状は唯にそれらここの問題に止まらないのである。
今日我々の父兄は、大体において一般学生の気風が着実になったと喜んでいる。
しかもその着実とは単に今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口の心配を
しなければならなくなったということではないか。
~しかも彼らはまだまだ幸福な方である。
~その教育を受ける権利を中途半端で奪われてしまうではないか。
中途半端の教育はその人の一生を中途半端にする。
~かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出する為に、
ついにその『敵』の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。~」

 アーレントの言っていた「全体主義」の発生原理そのものだ。
ここで見誤ってはならないのは、「敵」は
貧乏人でも、
政治家でも、
マスコミでも、
重度障害者でも、
政治難民でも、
移民でも、
特定の民族でも、
ある宗教信望者でも、
ニートでも、
住所を持たない人でも、
爆弾を打ち込んでくる人でもない。
むしろ、そうした人たちを「敵だ」と決め付けて攻撃してかかる人たちのことだ。

 七味屋さんが、日にどれだけ稼いでいるのか知らない。
あの一坪ほどの店先で、毎日お客が行列する訳でもないだろう。
でもそれ以降、我が家はうどんを食べるのがちょっと楽しみになった。
これがなくなったら、またいつかあそこへ行ったら、
今度は違う調合の七味を買ってもいいね、
なんて話をする度に、ちょっと楽しい気分になるのだ。

 「敵」と戦う一番い方法は、「敵」を作らないことだ。
「敵」を回避するのは、自分の中に恐怖や、おびえや、疑いや、惑いを作らないことだ。
それには、きちんと誰かを、何かを褒めること、
誰かが幸せになることを見据えて、自分の仕事をすることだ。

…それで生活できる程度に稼ぐ仕事に就ければ、いいね。

| 近況。 | 18:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花ざかり

 歯の詰め物が取れたり、ぎっくり腰やったり、
色々一斉に身体に出始めたんだが、身体の愚痴を言いたい訳ではない。
気負わないように、と思っても身体に出ちまうものなんだな、と自覚しておくのは必要だってことだろう。
それと、周りに迷惑かけないで済む対処の仕方を学べ、って事か。
もうちっと乗り越えられる気力的体力が欲しい所だが、
自分のスケールを広げるというのは自力でどうにもならんこともあるからな。

 少し前から、100分de名著で、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』(みすず書房)をやっていて、
ごく最近の世界情勢と非常に近い気がしてぞっとする。
曰く、世界が不景気で社会的生活が困難になると、
人は原因を何かに求めたくなる傾向がある、ということだ。
私から見ると、大人の生活に余る子どもたちの性質に
病名を付けないと落ち着かなかったり、
社会制度の欠陥だとして攻撃したくなったり、
自分と違う性質のものが、悪質の要因だとして排除するのと同じことだ。

 私は学生時代に明治を殆ど学んだ覚えがないのだが、
その後ヲタク的趣味でこの辺りを色々学んでよかったな、と時折思う。
「昔から」と言われている事はあんまり「昔から」じゃないことが多かったり、
「昔の技術だからね」と今より遅れているように言われることは、
案外今よりずっと凄くて進んでいたりするのだ。
それは自分だけ、なんかじゃない、みんなにある。
みんなそう、ではない、自分にしかないものだ。

 ・・・イカン、体力切れだ、今日はここまで。


 結局、新しく巣食っていた毛虫の大群は一通り土に埋めましたよ。
毛虫の1齢幼虫は、糸くずのように小さいのに呼吸していて自分でメシ喰って、偉いなあ。
毛虫漫画、一応一区切り付いたんだが、
続きの頁をもう少し進めてからUPしようかな、どうしようかな。

| 近況。 | 10:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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つれづれ。

r848.jpg
 こつこつ描いている毛虫。
本当はもっと白くてふわふわして、エグイ可愛いんだが、私の描き方ではそうならないな。
なんかまた柿の木に集団で取り付いているらしく、枝が膜を張り始めたのだが姿が見えず。
台風通過まで放置の予定。

 独歩さん祭が終わったら多喜二祭でも、と思っていたのだけれど、
独歩さんの交友関係が広かったので、
中々その周辺がまだあちこちあって読み終わりませぬ。
今読んでいるのは柳田國男。
著者 : 柳田國男
講談社
発売日 : 2016-11-11

花袋の方がエッセイは臨場感とか感情の駄々流れ具合がいいな、
と思っていたのですが、テンポに馴れてきたのか、
柳田が饒舌になってきて調子が出てきたからなのか、まあまあ読みやすくなってきましたよ。

 ゲーム・文豪とアルケミストの新キャラで、坪内逍遥が降臨しましたよ。
『小説真髄』ですよ!
本屋にあった岩波の『小説真髄』をめくってみたんですが、
日本文学の近代化に一等最初に尽力した人ですが、
江戸文化バリバリがかった文体で、読みこなすのは中々手強そう。
そっと本棚に戻してみましたよ。
逍遥の紹介文の所に二葉亭四迷の名前もあって、
独歩さんが好きで憧れた人なので、おお嬉しや!と思いましたが、
こちらの『あひびき』も、そっと本棚に戻す私。
いずれ四迷も降臨するといいな。

 少し前から正宗白鳥がラインナップに上がっているのですが、
うちの図書館にはまだ降臨されず。
正宗白鳥は、竹西寛子さんの『管弦祭』(講談社文芸文庫)で、
お友達の和子ちゃんが、主人公のお兄さん会いたさにわざわざ読みもしない正宗白鳥の本を
借りに来る、という下りがあって、・・・と思ったのだけれど、今見つからなかった。
『儀式』(中公文庫)の方だったかも知れない。
さておき、それで気になって正宗白鳥を読んだ覚えはあるのだけれど、どんな話だったか思い出せない。
まあ、この所読んでる独歩さんや花袋と友人関係だったそうで、
また読んでみるのも悪くないな、と。

 明日は久しぶりに1日審判ですよ。

| 近況。 | 23:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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円周のない円

 ああもう、やっと書類出したぞ。
何でこう書類仕事苦手になったかな。

 以前ちょっとこじらせてから、訪問解析やら拍手やらを一切外してしまったので、
どんな人が読んで下さっているのかほとんど分からなくなりました。
木のウロにつぶやいているような気になっている所もあって、
結構以前の所を「感想を書いていたあの本のことですが」
などと言われると自分が書いた事乍らびっくりすることがありまする。

ともあれ、ここを読んで下さっている友人の一人が、
二段に合格したそうで、めでたいことですな。
ここ暫し全然道場に顔を出していない無作法者なので、
わざわざ連絡を下さったことが有難かったですよ。
どうもありがとう。

 それから、以前俳句を作っている友人がいて、
随分彼女の句会の本を借りて読んだりしました。
まあ私には作るほうの才も力もなくて、ただ、「あの人の何番目の句が良かったねえ、」
なんてノートに写したものを彼女に書き送って文通のようなことをしていました。
子どもがそれぞれ大きくなって、なかなか疎遠になっていたのですが、
先日から読んでいる抱影の『星恋』が良いものだから、
著者 : 野尻抱影
中央公論新社
発売日 : 2017-07-21

彼女に1冊送ったら、最新の句集が送られてきましてね。
専業主婦だった彼女が、料亭の女将さんになって、
以前のように句会に参加できる訳もない中、頑張って捻り上げている句が並んでいましてね。
嬉しかったので。

 初 蝉 の 眠 れ ぬ 夜 の 明 け 方 に
 ためらひは 無用 と 滝の落ちに け り




 この所はこれを読んでおりまする。
以前図書館で借りた文豪全集のものは抄録で、
一番読みたかった「TとK」の章がない、という残念な版だったのでわざわざ取り寄せたのでした。
やっとその「TとK」(田山と国木田)の章に入りましたよ。
時代でいうと、『欺かざるの記』のすぐ後で、傷心の独歩さんと、まだ恋に恋する花袋の友情記で、
理想に燃えて喧嘩しいしい、打てば返す二人の仲がこそばゆいほどかわいらしい。
それでもって、若くして死に向かう独歩さんを見つめる花袋の心許なさよ。
誰かこのせつなさをを共に語らんか。

 この所少々、ずっとアトピーが引きも切らぬ感じで、薬が放せません。
逆足で座禅組んでみたら良いんじゃないか、とか色々下手に工夫してみているんだけれども、
肚を据えにかかっているようで自分すら騙せていない。
陰な身体に拘っていると、余計な事まで不安定になりますな。
自分は今これだけ大変なんだ、とか無駄なことを誰かにほざきたくなりますが、
心配させたい訳じゃない。
こんだけ関わって下さる人がいる。
有難い。


「宇宙は至る所に中心があり、円周のない円である」 

| 近況。 | 00:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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