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おひさまのかたち

日々つれづれ。剣道・読み語りなど

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ハロウィンの記

 皆さんハロウィンで盛り上がっておられるようですな。
これによる経済効果が云々、と言われておりますが、
単純においしいお菓子が色とりどり目の前で売られていたら、
いつもは買わなくても、まあたまにはいいか、と財布の紐も緩む次第ですよ。
悪魔を馬鹿にして地獄へも天国へも行けなくなったジャックが、
かぼちゃのランタン持ってうろうろしていようと、ま、どうでもいい訳で。

 ついさっき、くにたちで能『光の素足』を演るんだという情報を聞きましてな。
仕事入っちゃって行けないんですが、いいなあ、見たいなあ!
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ひかりの素足』(宮沢賢治・赤羽末吉・偕成社
原作は宮沢賢治の初期の短編で、青空文庫でも読めますよ。
作中の色が好きでねえ。
吹雪で遭難する灰色の雪の中から、
赤黒い瑪瑙の棘の野を越え、
抜けるような空の色した湖に辿り着く、色が良くてねえ。
でもこればっかりは、かぐや姫を絵で描いてしまうとその美しさが制限される、というのと同じで
文字だからこそ伝わる際限の無い美しさがある、と思っていたのですが、
能ならそれ、際限の無さを再現できそうで、いいなあ。

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今読んでいる本。
丁度、「技 芸 道」についての章に差し掛かっていて、
「私がいう自然とは、人間と峻別されているところの、
人間乃至人間社会以外のいわゆる自然のことではありません。…
人間も人間の行動もまた、自然の一部です。」
という所になんとはなくルソーの「自然状態」を感じてみたりした後で、こんなことをいわれてぐっさりする。
「表現の技術は二の次として、まずいかにしたら自然の本性に透徹し、
対象の生命を把握するかを先決問題とせねばなりますまい。
ですから徒らに技巧の末を模倣している亜流が、
技芸道を云々するのはおこがましい次第と申さねばなりません。」

「おこがましい次第」か。
昔描いたものを読み直してみて、
「ああ、ここがこう足りなかった」と今なら具体的に分かる所と、
「なんとなくおかしいんだがどうおかしいか分からない」所とある。
「自然の本性に透徹し」「透徹し」!
そこなんだ、ということだけは分かるのだ。

 先日の稽古で先生から「隙」についての話があって、
「隙」が「打突の好機」であり、その「好機」を生むのが「気」であり、
「気」とは何か。それは「志」である。
「志」は何から作るか、それは「攻め」である、と。
最近学んだことから繋げると、
「攻め」とは何か、それは「一念」で「三昧」のことだ。
「三昧」とは何か、それは「無意識の意識」だという。
そこが分からない。ぬかみその闇。

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