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おひさまのかたち

日々つれづれ。剣道・読み語りなど

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わたくしの感桿の外

すきとほってゆれてゐるのは
さっきの剽悍な四本のさくら
わたくしはそれを知ってゐるけれども
眼にははっきり見てゐない
たしかにわたくしの感官の外で
つめたい雨がそそいでゐる

(宮沢賢治「小岩井農場パート9」)

私はこの詩が大好きで、未だにだいたいそらんじて引き出せます。
その前まで小岩井農場を歩いていたのに、
ここから違う世界の小岩井農場を歩いている気がするのです。
そしてずっと、「感官」って何だろう、って思ってた。

 この所、昆虫に限らず「脳」って何だろう、「感情」ってどこにあるんだろう、
などと思っておってですな。
こんな本を読んでおりましたよ。
著者 : 水波誠
中央公論新社
発売日 : 2006-08-01

ま、内容は科学的な脳の構造とその働きについての話なんですがな、
出て来たんですよ、「感官」。
この本では、「感桿」ですな。

「感桿」は昆虫の個眼の光受容部位である。
各視細胞から伸びた微絨毛が出来て集合してできた構造で、
ここに光を吸収する視物質が含まれる。
(『昆虫―驚異の微小脳』第3章)

賢治の書いたのは「感官」で、言葉としては「感覚器官」を指します。
でもこれは確実にただの「感覚器官」ではなく、「感桿」の方が意味が的確で、
そっちの方が言いたかった事に近いように思えるのです。
「わたくしはそれを知ってゐるけれども
眼にははっきり見てゐない」んだから。

なんてこともない話ですがね。
何十年もかけて、まさかそんな所で答えを得るとは思わなかったので、
私には衝撃だったのですよ。

「それ」を思惟せぬ者によって「それ」は思惟される。
「それ」を思惟する者は「それ」を知らず。
「それ」を理解するものは「それ」を理解せず。
「それ」を理解せぬ者によって、「それ」は理解される。

にちょっとにてる。

 さて、唐突にコミティアに一般参加して獲て来た戦利品については
また後日。

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